過去の自分と重なって苦しい

今日、NPOのボランティアに初めて参加しました。
建物に入ると、思いがけず若い人たちがたくさんいました。
なにやら春休みを使って、はるばる東京から来たとのこと。


有名大学の学生さんなだけあって、みんな聡明。
そしてフレンドリー、爽やか。
そのうちの一人の学生さんが隣に座って話しかけてくれました。
ちょっとドギマギしてしまいましたが、柔らかな雰囲気の人でとても話しやすかったし、嬉しかったです。

でも、私は…そんな素敵な子たちを前に、とても苦しくなってしまいました。
自分ができなかったことを、いとも簡単そうにやっているように見え、羨ましかったからかもしれません。

私は病気になり、なにもかも、健康も友情も青春も学歴も社会とのつながりも…まさに何もかも、それまで積み上げてきたもの全てを失いました。

それから、私は学業どころではなく、“普通の生活”すらもままならない状態が長らく続きました。
というか現在進行形で続いています。

だから今日は、キラキラした学生さんたちを目の当たりにして「なんで彼らは…」ではなく「なんで私は大学生活を続けられなかったんだろう」と、自分自身を恨めしく思ってしまいました。

普通の人生が送れなかった自分。(普通って何かわかんないけど、平凡でも健康な生活…ってことかな)

自分を責めても、病気だったし、あれ以上頑張り続けることはできなかったんですけどね。
多分ドロップアウトしなければ数日後、本当に死んでた。

それから、私は今も昔も自分のことでいっぱいいっぱいで、今日出会った学生さん達のように、他人のことにまで思いが及びません。

私の半分くらいしか生きてないのに(失礼)、すごく思慮深く行動力もあって…
羨望以上に尊敬しちゃいました。同時にちょっと自分が恥ずかしくもなりました。

そして……私は彼女たちには、このまままっすぐ望んだ方向へ進んでいってほしい、その背中を神様が支えてほしいなと本気で思いました。

だけどねぇ、大学生だった時の自分とキラキラの彼らを重ねてしまって、苦しかったころの自分が鮮明に思い出されて、ものすごく辛くなりました。
お風呂の中で、神様に語りかけて(祈って?)少し涙が出ました。

神様に祈るときに泣いたのは初めてだったかもしれません。少しだけ、肩の力が抜けた気がしました。

だれもこの苦しみは分かってくれないけど、もしかしたら神様が本当に側にいてくれて、背中をさすってくれていたのかな、神様だけは私の気持ちを分かってくれるんだろうなぁと思えました。

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