キリスト教になじめない理由

クリスチャンになるには、イエス・キリストを信じることが絶対条件ですよね。

実は私、イエスのイメージがいまいち湧かないんです。

あのヨーロッパの宗教画のキリストのイメージしかなくて。でもあのイエス像は嫌なんです。

なんていうか、私と共に歩んでくれてる人とはどうしても思えない。

イメージって大切だと思うんですよね。「そんなことにこだわらなくても」と思われるかもしれないけど…。

そもそも“ イエスを信じる”ということがわからない。神様だけならまだ信じられるのに。

他に 十字架  贖罪 などなど、よく分からなくて一歩引いてしまうワードがたくさんあります。

また、讃美歌や献金、主の晩餐式などのクリスチャンにとっては当たり前だったり普通にやっている行為のひとつひとつが「?」だったり。

そして教会用語。「〜をおぼえて」「はたらき」「みこころ」…もっとありますよね、普段使わない表現。

教会に通い始めて1年経って、かなり違和感を感じなくなりましたが、それでも「おお、出た、その言葉!」みたいな気恥ずかしくなるような、ちょっとカルトっぽいと思ってしまう時があります。(“献金”とか言う言葉ひとつ取っても、カルトが真っ当な宗教を悪用したせいで悪いイメージがついてしまっただけなんですが)

なのでまだまだ勉強、いや学びが必要だと感じます。無理して信じ込むつもりはなく、自分の心に染み込ませていきたいと思ってます。

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